iPhone3Gの終焉

思えば2年前の夏。

米国で一足先に発売されていたiPhoneがようやく日本に到来した。忘れもしない2008年7月11日の事だ。

発売日翌日に近所のソフトバンクショップへ行った。16GBモデルの黒しか在庫がなかった。残っている在庫は1台だけ。16GBなら白がいいと思っていた私はその場でしばらく考えた。

直後に入ってきた女性客もiPhoneを買おうとしていた。私が残りの1台を仮押さえしていたため、店員に在庫切れを知らされ、彼女は肩を落として帰っていった。全国で在庫が少なくなり、予約しなければ買えない状況だった。私は白いiPhoneを諦めて、その後2年間付き合う事となる黒いiPhone3Gの購入を決心した。

それから約1年。TwitterやBlogなど、アウトプットの場を持っていなかった私は独りでiPhoneを楽しんでいた。iPhoneのユーザーインターフェイスは洗練されていた。iPhoneには膨大なアプリによる無限の可能性があった。実用的なアプリが日々の生活を楽にし、ゲームアプリが日々の生活の隙間を埋めた。暫くしてRSS Readerのアプリを使うようになり、積極的に情報を収集するようになった。

2009年9月12日。iPhoneのTwitterアプリを使い始めた。TwitterのタイムラインにはiPhoneの情報がリアルタイムに流れ、それまで独りで楽しんでいたiPhoneを、人と一緒に楽しむ事ができた。iPhoneの使い方、新しいアプリの情報、OSのアップデートを待つ楽しみ。様々な思いを語り、様々な思いを共有するようになった。ただ、私のiPhoneに対する思いは140文字では伝えきれなかった。

2009年10月2日。ブログを始めた。2008年の7月から約1年間。たまりにたまったiPhoneへの思いがあった。いや、1年間だけの思いではない。それまでソーシャルネットワークサービスやブログというアウトプットの場を持っていなかった私は、数十年の間、自分の内なる思いをため続けていた。せき止めていた水を一気に流すように思いを綴り始めた。全てはiPhoneをきっかけとして。

Twitterやブログを通して多くの人と会って話をするようになった。初めて会う人ばかりだが、iPhoneユーザーは距離が近い。日ごろTwitterで話をしている人が多いという理由もあるが、iPhoneユーザーであるという事だけで親近感がある。アプリやOSの話をし、独自の使い方に驚き、環境による使い方の違いを知る。iPhoneを買った2年前の夏。iPhoneが人との出会いまでもたらしてくれるとは思っていなかった。

そして2010年4月9日。iPhoneOS4.0が発表され、私は目に薄っすらと涙を浮かべた。iPhone3Gが終焉を迎えたのだ。

いつものように電車の中でiPhone関連のニュースを読み、OS4.0の機能を知った。iPhone3Gではマルチタスキングが機能しない。それはiPhone3Gの限界を意味する。マルチタスキング以外の機能は使えるが、OS4.0に最適化されたアプリは実用レベルではないだろう。古いハードの性能が進化したOSについていけなくなる事は不可避だ。これまでもMacやWindowsのOSバージョンアップで同じような事があった。ただ、iPhoneにはそれとは違う思いがある。

2年間、外に居る時も家に居るときも常に持ち歩いていたiPhone3G。驚きを与えてくれたiPhone3G。新しい出会いをもたらしたiPhone3G。何度か落として傷ついたiPhone3G。それでも壊れる事なく動き続けるiPhone3G。

心を持たないデバイスに感謝し、涙を流しそうになるのは初めての経験だ。ありがとう私のiPhone3G。


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