iPhoneで読む京極夏彦の新刊は吉と出るか凶と出るか


 この日を待ち望んでいた。

 とうとうiPhoneで新刊が読めるようになったのだ。それもメジャーな作家の小説だ。


 京極夏彦「死ねばいいのに」 2010年5月28日発売
 既刊限定700円 京極夏彦 死ねばいいのに


 私は京極夏彦が好きでもないし嫌いでもない。読んだ事がないだけだ。それでもリリース直後に迷わず購入した。iPhoneで新刊を読める事が本当に嬉しかった。

 今回リリースされた小説は、iBooksのような"中継ぎ"を通して発売された訳ではなく、講談社のアプリとして発売された。今後はiBooksを経由してリリースされると嬉しい。アプリを増やすことなく書籍の管理ができるからだ。OS4.0ならiPhoneでもiBooksが利用できる。

京極夏彦 「死ねばいいのに」

iPhoneで小説を読む行為に対して、このアプリは細かい配慮が行き届いている。


1.輝度調整
電子書籍は画面の輝度が重要だ。明るいと目が疲れる。


2.文字サイズ調整
iPhoneで長い時間読んでいると手が疲れる。だから端末を持つ手を机や足に置く。すると目と画面の距離が遠くなる。文字サイズが変更できると嬉しい。


3.レジューム
本で言うところの栞(しおり)だ。読んでいる途中でアプリを終了しても、次に起動すると先ほど読んでいたページが表示されるようになっている。


4.ムービー
驚いた。小説にムービーがついている。紙の媒体では得られない刺激がある。

 第一章を読み終えた時点で、少し違和感があった。

 iPhoneだと画面の文字数が少ない。これまで小説は紙媒体でしか読んだ事がなかった。見開きにした時の文字数が感覚で染みついているのだ。iPhoneだと一つの画面から得られる情報量が少ないため細切れになる。

 iPadならどうだろう。本と同じように見開きにすれば情報量は多い。ただ、本の厚みは感じる事ができない。

 本の厚みは重要な要素だ。今読んでいる部分は、全体のどこに位置するのか。物語の終盤までは後どれぐらいあるのか。紙の本を読む時は無意識にそれを感じている。それにより物語の結末を予測する楽しさも味わう事ができる。

人が印刷された「本」が失われていくのを嘆くとき、多くの場合はこの「快適さ」の消失を嘆いている。「目が疲れる」と彼等は言う。「バッテリーがすぐ切れる」「日光の下だと読みにくい」「お風呂に持ち込めない」などなど。ここで重要なのは、この文句のいずれも文章の「意味」の消失に対するものではないこと。デジタルに変換されたからといって書物の内容が難しくなったり分かりづらくはならない。文句のほとんどが「質」に対するものなのだ。
『"iPad時代の書籍"を考える』 — Craig Mod

 紙でしか得られない感覚は確かに存在する。ただ、電子書籍も繰り返し読めば慣れてくるはずだ。

 "ニュータイプ"という言葉を思い出す。

「電子書籍をめぐる言説はネガティブなものが多いが、電子書籍の登場は昨日今日の話ではなく、何年も前から予測できていたこと。今回は実験だから失敗するかも知れないが、電子書籍の新しい局面を作り上げるための第一歩としたい。著作権や肖像権のあり方も今後大きく変わらざるを得ないが、紙か電子かと幼稚なことを議論している場合ではない――」。
「紙か電子かと幼稚な議論する場合ではない」――京極夏彦氏が電子書籍を語る


 近い将来、間違いなく電子書籍がスタンダードになる。紙の本が消滅する事はないが、音楽がCDからM4Pに移行したように、本も紙からEPUBに移行する。これから産まれる子供は、当たり前のように電子書籍が身近にある。我々とは感覚が違うはずだ。思考回路さえ異なるかもしれない。ただ、我々は移行の狭間を肌で感じる特権を持っている。幸せな事ではないだろうか。

 願わくば京極夏彦の実験が吉と出て欲しい。できれば多くの方にiPhoneやiPadで小説を読む体験をして欲しい。新たな価値観が登場した時、人は往々にして戸惑い、懐疑し、反発する。だた、経験せずに避けていては人生がストップする。

 今回の記事で紹介したスクリーンショットは、敢えて小説の本文を載せた。電子書籍は画面を簡単に保存できる。違法コピーを助長するかもしれない。場合によっては訴えられるかもしれない。それでも私は記事という形で実験したかったのだ。


 京極夏彦「死ねばいいのに」 2010年5月28日発売
 既刊限定700円 京極夏彦 死ねばいいのに


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