東北地方太平洋沖地震に関わる人たちへ

3月11日14時45分。

東京で働く人と電話をしていた。会話の途中、相手が「ちょっと待って下さい。揺れています。」と言った。同時に名古屋も揺れはじめたが、東京の揺れのほうが大きいようだった。

電話を切り、すぐに東京の友人へSMSを送ったが返事はなかった。後で分かったがメールは届いていなかった。地震の発生が14時46分頃。SMSを送ったのが14時50分。その間わずか4分。

SMSや電話は機能しなかったが、Twitterは動いていた。不思議な感じがした。iPhoneの3G回線で東京とメッセージのやり取りができた。SkypeやiPhoneのViberでは通話もできたようだ。

タイムラインを見ていると、東京だけで地震が起きているようだった。皆、電車の運行情報をツイートし、職場から家まで歩いていた。仕事の関係で、関東の電力が徐々に復旧しているのは分かったが、東北は沈黙していた。タイムラインにも東北の声はなかった。


3月11日23時30分。

仕事を終えた。帰宅の途中、宮城の友人に電話をしたが繋がらなかった。Googleの安否確認サイトで災害掲示板に携帯番号を入力したが、情報はなかった。友人の留守電にメッセージを残し、MMSを送った。

無力だった。宮城の友人には連絡が取れず、東京の友人には何もしてやれない。声をかけてもむなしかった。近くにいないと無意味な気がした。色々な思いが錯綜し、涙が出た。自分には何もできない。


3月12日21時38分。

宮城の友人から無事だとメールが来た。自家発電している市役所から連絡をくれた。衣食住に困っているが、みなで助け合い生きているとの事。

メールを返信した後、生まれてはじめて寄付をした。