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村上春樹の書斎とスティーブ・ジョブズ


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雑誌『ダ・ヴィンチ』だったと思う。村上春樹の特集が組まれていて、書斎の写真が載っていた。机に縦型のモニタが置いてあり、原稿用紙モードのエディタに、縦書きで文章を入力していた。パソコンはMacintoshだった。

Macがあれば物書きになれる。村上春樹の書斎は、無知な私を一瞬で勘違いさせる、衝撃的な光景だった。

大学の授業で必要になったと親に嘘をつき、返す当てもないお金を借り、黒いPerformaとATOKを購入した。1996年の話だ。

だが、手段が目的と化す典型的なパターンで、絵心も文才もない私は何もできなかった。Kaleidoscopeで見た目をカスタマイズし、オンライン麻雀の東風荘にハマる。クリエイティブさの欠片もない使い方をしていた。

翌々年、Macへの興味も薄れ、突然哲学に目覚める。一年間、図書館に籠もり本を読みあさった。フーコー、ドゥルーズ・ガタリ、浅田彰、柄谷行人。専攻の米文学に興味がなくなり、大学にはほとんど行かず、当然のように留年した。随分と親不孝をしたが、今振り返ると私の言葉はその時に形成されたのだと思う。

スタンフォード大学の卒業スピーチで、ジョブズは言う。

先を見て点を繋げる事はできない。出来るのは、過去を振り返って「点を繋げる」ことだけ。だから将来その点が繋がる事を信じなければならない。点が繋がって道となる事を信じる事で、心に確信を持てる。


翌年、残りの単位をなんとか取得し、大学を卒業した。その後は、職を転々とすると共に、パソコンもMacとWindowsを交互に乗り換えていた。

そして10年後、2008年夏。村上春樹の書斎写真と同じぐらい衝撃的なものに出会う。iPhoneだ。

iPhoneは私の人生を変えた。家族と仕事との往復だけだった生活に、情熱をもたらしてくれた。膨大なアプリには、無限の可能性があった。実用アプリで日々の生活が快適になり、ゲームアプリが隙間を埋めた。そしてTwitterとブログを始めた。iPhoneは出会いと、表現の場を与えてくれた。

私はブログの記事を作品だと思っている。読者を増やすために、細かい努力をする。文書を何度も推敲し、最適な写真を選ぶ。私はジョブズのように物を製造できるわけではないが、記事を創造することはできる。傲慢かもしれないが、だからこそ楽しみながら続けられる。


2010年。MacBook Airを入手し、WindowsからMacに戻った。今の私に生きる楽しみを与えてくれたのは、紛れもなくiPhoneとMacintoshで、それらを創造したのはスティーブ・ジョブズだ。

ジョブズがアップルのCEOを退任すると聞き、スタンフォード大学の卒業スピーチを初めて観た。

一日一日を人生最後の日として生きよう。いずれその日が本当にやって来る。33年間、毎朝、鏡をみて自問自答しました。今日が人生最後だとしたら、今日やることは本当にやりたいことだろうか。


私は目に涙を浮かべた。もう30代後半だが、まだまだやれる。そう思わせてくれる素晴らしいスピーチだった。ありがとうジョブズ。

stay hungry, stay foolish




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