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映画『ゼロ・グラビティ』と災害心理学 - 人はなぜ逃げおくれるのか

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正月の連休中に映画『ゼロ・グラビティ』を観た。キャストがサンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーの二人だけという異色のSF映画で、宇宙空間のリアルな映像と共に描かれていたのは、人間の生命力だった。

人はなぜ逃げおくれるのか』は、広瀬弘忠教授による災害心理学の本。ここに書かれているのは、阪神淡路大震災やニューヨーク大停電など、実際に起こった災害での人間心理だが、映画『ゼロ・グラビティ』のような宇宙空間の事故にも当てはまる。

ここからは映画のネタバレがあるので、気になる方は、四角で囲った本の引用部分だけを読んで頂きたい。


正常性バイアス

『ゼロ・グラビティ』の冒頭。宇宙船の外で通信機器を修理していたサンドラ・ブロックは、衛星の破片が飛来するという警告があったにも関わらず避難しなかった。宇宙の静寂の中で、危険を実感する事ができなかったのだ。

私たちの心は、予期せぬ異常や危険に対して、ある程度、鈍感にできている… 心は "遊び" を持つことで、エネルギーのロスと過度な緊張におちいる危険を防いでいる。ある範囲までの異常は、異常だと感じずに、正常の範囲内のものとして処理するようになっているのである。このような心のメカニズムを、"正常性バイアス" という。


クロスチェック

現実世界でも、単独で伝達された災害警報は無視される傾向がある。人は無意識のうちに、テレビやインターネットなどの複数の情報をクロスチェックして、警報の信頼度を確かめている。

人びとは警報を受け取っても、自分たちに危険が迫っていることをなかなか信じようとはしない。そのため、直前の警報が外れたり、警報のメッセージに、少しでも曖昧なところや、矛盾したところがあったりすると、警報の信頼性に対して疑いの目を向ける傾向がある。正常性バイアスという私たちの心に内蔵されている機能は、もともとは、私たちが過度に何かを恐れたり、不安にならないために働いているはずなのだが、時にこの機能は、私たちをリスクに対して鈍感にするというマイナスの役割を果たす。


パニック

警告があった数分後、衛星の破片が宇宙船に衝突し、サンドラ・ブロックは宇宙空間に投げ出される。ヘルメットの中で過呼吸になりパニックを起こす。意外なことに、パニックは生存の可能性がある時に発生する。

パニック発生の第二の条件は、危険を逃れる方法がある、と信じるられることだ。もし絶対に助からない、助かる見込みはない、と確信すれば、私たちは逃走行動を放棄して、諦めと受容の姿勢でその危険をむかえ入れるか、背中を向けるのではなく、正面に向きをかえて、討ち死に覚悟の捨てばちな行動をとるかのどちらかだろう。


勇気と知性

そこで助けに来るのがジョージ・クルーニー。冷静な状況判断でサンドラ・ブロックをつかまえ、ガスの推進装置を使って別の衛星まで移動する。災害時に重要なのは、事態の危険性を客観的に評価するための知性と、危険度の評価から導かれた結論を果敢に実行するための勇気である。

世界の海難史上で最大の死者を出したのはタイタニック号の遭難であるが、二番目は、1954年9月の洞爺丸の海難事故である… 淵上は、あとになって自分の体験を記した『洞爺丸遭難記』を出版している… 「救命袋で首の上だけが水の上から出ていたのだ。そのままの状態で私は上を向いた。そしてあわい明るさを見たのである。その時たちまち私の思考力は、甦がえる。ー 窓だな。だが手を差しのばして窓をつかむには、まだ遠い。ここから動くなよ、そのうち船が沈んで水嵩を増し、手がとどく様になるかもしれぬ。それまで、ここを動くなよ ー そうすれば窓から外へ出られるかも知れないのだ。それからは、私はそこから動こうとしなかった」


愛他行動

衛星に到着した時の衝撃で、二人は引き離される。ケーブルに引っかかって助かったサンドラ・ブロックは、宇宙空間に投げ出されたジョージ・クルーニーをワイヤーでつかまえる。だが、このままでは二人とも助からない。そう判断したジョージ・クルーニーは、ワイヤーからフックを外して自らを犠牲にした。

災害や事故などの非常事態に直面して、目の前に、生命の危機にさらされている人がいて、その人を救うことができるのは、自分以外にいないという場合には、非常事規範が働く。とっさに自分自身の危険を冒しても、他者を助けようという衝動が生まれる。


虚脱

サンドラ・ブロックは、衛星の避難船で脱出方法を模索する。だが、エンジンの燃料がなく飛べないことを知り、再びパニックを起こし、その後に虚脱状態になった。酸素の供給を絶ち、深い眠りにつこうとする。

災害の衝撃が終わる頃、人びとは、極度の身体的緊張と心的活動の停止状態にある。感情停止、生存優先の心身の状態から、思考や感情をともなう人間の行動への「スイッチの切り替え」が必要になる。この切り替えをしている間、被災者は一種の虚脱状態におちいる。


生き残る条件

諦めかけたサンドラ・ブロックを救ったのは、ジョージ・クルーニーの幻と、今は亡き娘への強い愛情だった。

強烈な役割意識や義務感、そして激しい愛情などが、生存への意志を高め、災害のなかで漂い去ろうとする命を、この世につなぎとめるよう働く。生きたいという希望と生きなければならないという信念は、生理的に免疫力を活性化し、致命的な状況のなかで、生命の灯をかきたて、生き残る力を与える働きがある。生存への強い希望をもつことで、生存のためのエネルギーを引き出すことができるのである。


災害や事故はサバイバーを選別する。年齢も左右するし、経済力も左右する。大事なのは備えだが、最後に生死を分けるのは生命力だ。生きたいという強い意志は、生存への十分条件ではないが、生き残るための必要条件になる。

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